お久しぶりです。
2023年4月23日に愛犬のハッピーは息をやめた。
私の大事な一部がなくなった。
ハッピーは6月で18歳になる年だった。大往生だ。
もうすぐゴールデンウィークでお正月ぶりに会えるのを楽しみにしていた。帰省まであと1週間だった。
朝、父からハッピーの動画が突然送られてきて私は「赤ちゃんみたい👶」だなんて返した。
歳をとってからは丸くなって寝ることが多かったのにその動画では横向きで寝てた。なんとなく静かだと思った。
「もうダメかも。今日か明日が限界かも」という連絡でざわっとした。日中は用事があったから夜になったら帰ろうかなってラインを返した時に母から電話が来た。
「ハッピーが逝ってしまった」
という母の泣いた声が聞こえた途端涙が止まらなかった。私の口から出た言葉は「嘘だ」と「帰る」だった。
みんなの前にも関わらず大声で泣いた。
すぐ家に帰って荷物をまとめて電車に乗った。新幹線の中でも絶えず泣いた。インスタとか見てないと涙が出て止まらなかった。
駅に着いたとき涙が止まらず母の顔を見ると堰を切ったように泣いた。
家に着いてハッピーを見ると寝てるみたいだった。手足も頭も冷たかったけどお腹はなんとなく暖かくて余計に泣いた。
寝てるみたいなのに声をかけても反応しなくてどんどん冷たくなっていく傍でぼーっと見ていた。
その日の夜初めて一緒に寝た。私はアレルギーがあって今まで一緒に寝ることはなかったから。最初で最後の夜だった。おててを繋いで寝た。
次の日、火葬屋さんが来てくれた。
もうハッピーの姿を見るのは最後だと思うと悲しかった。棺桶に入ってお花に包まれて大好きなお菓子と焼き芋を持った姿を見て泣いた。
寝ている顔が穏やかった。花に包まれて綺麗だった。私の家の子はとんでもなく美しく整ったお顔立ちだった。
ずっと触っていたかった。離れたくなかった。何もかも嫌だった。
今触ってるふわふわな毛ざわりも匂いもいずれ忘れていくと思うととんでもなく悲しかった。
骨になって出てきた姿を見たとき初めて本当に死んだのだと悟った。
涙で視界がぼやけて骨を拾えなかった。
家に帰ってくると至る所にハッピーの跡があって悲しいかった。なんとなく家に流れる空気も悲しいままだった。でもお父さんやお母さんは明るくしようとしてくれていた。私はちょっとでも気を抜くと泣きそうだった。
私が最後に会ったのは1月3日。
もうちょっとで会えると思っていたのに。
ずっと一緒にいたかったのに。
いつも通りの間抜けな顔で寄り添うもう1匹を見てまた泣いた。いつかこの子も亡くなるときが来るんだろう。それまで大事にしたい。
犬が生まれ変わるのは2年後以降らしい。
私はそれまでに環境を整えるつもりだ。生まれ変わったハッピーを迎えに行くと決めている。
お別れの時ずっと「行かないで」と思ったことを後悔している。「生まれ変わって戻っておいで」と言えなかったことを悔やんでいる。
ハッピーはもともと拾い犬だ。家にきて幸せだっただろうか。
探しに行くからちゃんと戻っておいでね。